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2024年9月10日

1. 退職後に従業員の横領が発覚した場合

従業員の退職後に、その従業員が実は会社のお金を横領していたことが発覚した場合、どう対処すればよいのでしょうか。
経営者の立場からすれば、横領された金額全額を返還させることは当然として、既に支払った退職金についても返還させたいと思われるのではないでしょうか。また、併せて刑事処罰も受けてほしいと思われる方も多いでしょう。

2. 横領の時効はどれくらい?

「横領された金額全額を返還させたい。」、「刑事処罰を受けさせたい。」、これらについてはいずれも、請求することができる期間が法律で決まっています。
1点目の「横領された金額全額を返還させたい。」というのは、専門的な言葉で言い換えると、民法上の不法行為による損害賠償請求権です。この請求権を行使する、すなわち、「横領したお金を返せ。」という請求ができる期間は、その従業員が横領していたことを経営者側が知ったときから3年間です。ですから、たとえば「10年前に辞めた従業員が横領していたことがつい最近発覚した。」ということであれば、横領の時期からは10年経っていますが、経営者の方がそのことを知ったのはつい最近なので、時効が完成しておらず、横領されたお金の返金を求めることができる場合が多いと思われます。なお、債務不履行責任を理由に、3年より長期の時効を主張すべき事案もあるでしょう。
2点目の「刑事処罰を受けさせたい。」というのは、刑法の話です。刑法上、従業員が不正に会社のお金を自分の懐に入れていた行為は、業務上横領や背任という罪に当たることが多いといえます。業務上横領の時効は、犯罪行為が行われたときから7年です。他方、背任の時効は、犯罪行為が行われたときから5年です。ですから、さきほどの「10年前に辞めた従業員が横領していたことがつい最近発覚した。」というケースの場合、刑事の時効は完成している可能性が高いといえます。経過年数を考えるに当たり、経営者が横領の事実を知っていたかどうかは関係ないというのが、民事の時効と大きく異なる点です。そして、刑事の時効が完成すると、警察に被害届を出したとしても、捜査をしてもらうことはできません。

3.損害賠償請求について

従業員に横領をされた場合には、当該従業員の「不法行為」(民法709条)によって会社が損害を受けたといえますから、不法行為による損害賠償請求をすることができます。また、雇用契約上の誠実義務違反であるとして、債務不履行に基づく損害賠償請求をすることもできるでしょう。いずれの請求に基づくにしても、横領された金額の返還を求めることとなります。
従業員が横領をしたケースでは、証拠の有無・内容が非常に重要です。会社において、当該従業員に知られないように手堅い証拠を集めてから、言い逃れなどができない状況下で損害賠償請求に関する交渉をスタートするべきです。どのような証拠があれば良いかはケースバイケースですから、必ず弁護士に相談をしてから動き出すようにしましょう。
横領行為について的確な証拠を押さえることができれば、従業員が在職中か退職後かにかかわらず損害の請求をすることができます。また、在職中であれば、懲戒処分とは別個に損害賠償請求をすることができます。もちろん、刑事事件として被害届提出・告訴をしていたとしても、損害の賠償を求めることはできます。
損害賠償請求をする場合には、対象者が財産を隠したりする前に、従業員が保有する預貯金口座に仮差押えをするなど、保全手続もとることができます。会社としては給与振込先口座の情報を押さえていることが大半でしょうから、従業員に対する仮差押え手続が上手くいく可能性も比較的高いでしょう。その後の損害賠償請求訴訟で勝訴した場合には、当該預貯金口座に入っている金銭について正式に強制執行をする運びとなります。

4. 遡って懲戒解雇にすることはできる?

従業員が自己都合で退職した後、その従業員による横領行為が発覚した場合、自己都合退職を撤回させて遡って懲戒処分にし、退職金を返還させることは可能でしょうか。
まず、従業員が既に退職している場合、遡って懲戒解雇処分とすることはできません。
なぜなら、懲戒解雇処分をするためには、その従業員が在職していること、もう少し正確にいうと、その従業員との間に労働契約が締結された状態であることが前提となるからです。既に従業員が退職している場合、労働契約は存在していないため、遡って懲戒解雇処分をすることはできません。
他方、退職金の返還については、事案によっては可能です。たとえば、退職金規程等に「懲戒解雇相当の事由がある場合には、退職金の全部または一部を不支給とする。」という規定があり、かつ、実際にも退職金の全部または一部を不支給としてもやむを得ないといえるほどの会社に対する背信的行為がある場合です。
もっとも、ここは事案により判断が分かれうるところですので、具体的な事案に応じ、法律の専門家である弁護士の意見を確認するのがよいでしょう。

5. 退職金の返還を請求できる?

横領をした従業員が退職金を受領して退職した場合、事案によっては退職金返還を求めることができるときがありますが、基本的にはケースバイケースとなりますので、弁護士に相談した方が良いでしょう。
例えば、就業規則に、懲戒解雇事由がある場合には退職金の返還を求める場合があるなど、退職金返還規定を置いている場合には、退職金の返還を求めることができるケースが多いでしょう。また、このような規定がない場合であったとしても、退職後に懲戒解雇事由があったと発覚したときには、退職者が真の退職理由を秘して退職金の支給を受けたとして、退職金返還請求を認めた裁判例もあります。
また、本当の退職理由を秘して会社と退職合意を結んだり、会社に退職金支払請求をしたりした場合には、会社に対する詐欺であるとして、不法行為に基づく退職金相当額の損害賠償請求をすることも考え得るところです。
いずれにせよ、事案に即して返還請求が可能か否かを判断する必要があることに注意が必要でしょう。

6. 従業員の横領は早期発見が重要です

このように、従業員の不正な横領行為の発覚が遅れると、刑事処罰を与えることができなくなったり、横領していたにもかかわらず懲戒解雇処分ができないという事態になりかねません。そのほかにも、長時間時間が経過することにより、証拠が集めにくくなるといいう弊害も考えられます。従業員の横領に対し、適切に対処するためには早期発見と初動がとても大切です。

7. 予防策

⑴横領行為の予防

横領行為の代表例としては、水増し請求によるリベート受領や、社用車等の社用物の私的利用が挙げられますから、これらの行為を簡単にできなくするようにしておくべきです。
例えば、経理担当者を複数名としたり、営業担当者と経理担当者が経理についてダブルチェックするようにしたりするなど、とにかく複数の目で支出の確認・経理の確認をすることが重要と言えます。また、社用物で横領のリスクがある物については、頻繁に残量の確認をするなど、所在不明となっている物がないかを確認するだけでも、私的利用などを防ぐことが期待できるでしょう。
特に、取締役などの会社の利益を正しく優先できる方をチェック担当者とすると、従業員に対する懲戒権限もありますから、効果的なチェック・違法行為の抑止が期待できるといえます。

⑵横領行為が起きた際の被害増大の予防

これらの対策によっても、横領行為を全て防ぐことができるわけではありません。このため、横領行為が発覚した際に被害が増大しないようにするための予防策も必要です。
例えば、上述したとおり、横領行為をした人物に対して退職金まで支払うとすれば、会社に生じた被害は更に拡大するといえるでしょう。このような被害拡大を防ぐためには、就業規則において退職金支払期限を退職後一定期間後としておいて不正行為の調査期間を確保するとか、就業規則に懲戒解雇処分に相当するような事実が発覚した場合の退職金返還規定を置くなどの予防策が考えられるところです。
また、横領行為をしたと疑われる人物が自主退職を希望する際などには、退職合意書を交わしたり、退職理由を書面で提出させたりして、退職理由を明記させましょう。これにより、後から退職金の詐取(詐欺行為による取得)であると指摘して退職金の返還を求めることができる可能性が上がります。
これらの対策は、いずれも企業実態や企業の就業規則等の各種規定を踏まえて検討する必要がありますから、弁護士の助言に基づくことが必須と言えるでしょう。横領行為の予防策については、ぜひ、当事務所までご相談ください。

【著者情報】


2001年 京都大学法学部 卒業

2014年 ボストン大学ロースクール修了(LL.M. in Banking & Financial Law)

北陸電力株式会社、検察官を経て、2007年に弁護士となる

以後約16年間シティユーワ法律事務所に所属し、2023年より弁護士法人グレイスにて勤務

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