2025年7月18日
横領は、金額の大小に関わらず、企業にとって看過できない問題です。被害金額が小さくても、従業員による信頼への裏切りは組織に大きな影響を与えかねませんから、こういった行為が発覚したり、業務上横領罪の被害が見受けられたりした場合には、早急に弁護士に相談しましょう。
ここでは、少額の業務上横領で告訴を検討すべきケースや、損害回収までの流れについて弁護士の視点から解説していきます。
少額の業務上横領 ─ 金額より重視される“信頼侵害”
さて、まずは少額の業務上横領罪についてご紹介します。少額の業務上横領被害に遭った場合、単純に放っておいてしまうと、会社内外の「信頼侵害」を放置することとなってしまいますから、注意が必要です。
金額は関係ある?業務上横領罪の構成要件と量刑相場
業務上横領罪の成立において、被害金額の大小は罪の成否に直接影響しません。そもそも、業務上横領罪は、業務上他人の物を占有する者が、その物を横領することで成立します。ここでいう「横領」とは、委託信任関係に背き、自己の物とする意思(不法領得の意思)をもって、その物の経済的効用を排除する行為を指します。このため、1円でも横領した事実があれば、犯罪は成立し得るのです。
他方で、業務上横領罪の量刑の重さに関しては、金額が大きな影響を及ぼします。このため、被害額が大きければ実刑となる可能性が高まります。法定刑は10年以下の拘禁刑です。初犯で少額の横領であれば、執行猶予が付くケースも少なくありません。
このため、少額の業務上横領罪は、結果も見込めないから警察への通報はしないでも良いと考える方が多くいらっしゃいます。
少額横領を見過ごすリスク・被害拡大
しかしながら、少額とはいえ、これを看過してしまうと、以下のようなリスクがあります。
見えていない被害金額が大きい可能性
そもそも、発覚した少額の横領は「氷山の一角」である可能性があります。同じ従業員によって他にも不正行為が行われているかもしれませんから、やはり放置するわけにはいかないのです。
ちなみに、通常、横領被害が発覚するのは、横領が継続的に行われ、横領犯人の気が緩んできた時期であることが多いです。この意味でも、横領に気付いたら早急に他の横領がないか調査するべきといえるでしょう。
同様の横領が発生する可能性
また、横領を黙認する姿勢は、他の従業員にも「バレても大丈夫」という誤った認識を与え、横領の常習化や再発、他の従業員による同様の犯罪を誘発する可能性があります。このような状況が常態化してしまっては、経営どころではありません。
こんなことは起きないと思われがちな経営者も多いかもしれません。しかしながら、例えば従業員の大半が通勤経路をごまかして申告して必要以上に交通費の支払を受けているとか、従業員の大半が経費の過大申告をしているとかいった例ですと、あり得る事態であることが理解してもらえるのではないでしょうか。
少額の横領で告訴を選択すべき4つのケース
このように、少額横領を放置した場合のリスクは大きいですから、必要に応じて刑事告訴を選択するべきときもあります。以下、代表的な4つのケースをご紹介します。
常習性・再犯のリスクが高いケース
やはり、過去にも同様の不正行為が疑われる場合や、反省の態度が見られず再犯の可能性が高いと判断される場合がまず挙げられます。告訴により刑事罰を与えることで、再犯を抑止する効果が期待できますから、少額であっても、常習性を指摘して、刑事罰を科してもらうことを求めましょう。
被害額が拡大する恐れがあるケース
次に、少額であっても継続的に横領が行われている場合や、今後さらに被害が拡大する可能性があると判断される場合です。告訴によって不正行為を止めさせ、被害の拡大を防ぐことを狙うことができます。
ここでいう被害額の拡大は、別の従業員による同種の横領行為が誘発される場合も含みます。横領の手口が経費の過剰申告といった簡易な方法で行われている場合には、これを放置すると同様の横領行為が頻発するおそれがありますから、早急に対応を取っておきましょう。
社内外に厳格な姿勢を示す必要があるケース
また、企業として不正行為には一切妥協しないという毅然とした態度を社内外に示す必要がある企業であれば、すべからく全ての横領行為について刑事告訴を検討するべきでしょう。
こうすることで、他の従業員への牽制となり、企業の信頼性を維持することにも繋がります。例えば、他人の物を預かる運送業などでは、軽微なものでも物品の横領行為を放置してしまうと、運送事業の利用自体が減ってしまいます。刑事告訴を辞さない姿勢によってこのような自体を防ぎ、企業の信頼を維持するのです。
自主的な弁償がなく損害回復が困難なケース
横領を行った従業員が自主的な弁償に応じない、または資力がなく弁償が期待できない場合にも、刑事告訴を検討するべきです。刑事告訴により刑事手続を進めることで、示談交渉のきっかけを作ったり、刑事処分と並行して民事での損害賠償請求を進めたりするための証拠収集ができたりします。
ここでは、刑事罰が下ることではなく、示談交渉のきっかけを作ることが狙いとなる場合もあります。
少額の業務上横領における告訴までの流れ
ここで、少額の業務上横領における告訴までの流れを簡単にご紹介します。
適法な社内調査と証拠保全のポイント
まず、横領の被害に遭っている可能性があると気付いた場合には、客観的な証拠の収集・保全に努めましょう。刑事告訴を受理してもらう上でも、証拠の有無は重要です。
その後、社内の関係者からの聞き取りなどの社内調査を実施するべきです。この間には、犯人による口裏合わせがなされないよう、細心の注意を払う必要があります。
告訴状の必須記載事項と提出先
その後、告訴状の作成をすることとなります。告訴状の記載方法について法令の定めはありませんが、以下のような事項は記載が必須といえます。
- 告訴人の氏名(名称)、住所(所在地)、連絡先
- 被告訴人の氏名、住所、連絡先
- 告訴事実
- 告訴に至る経緯
- 代理人を付ける場合は、代理人の氏名・事務所名・事務所所在地・連絡先
これらの事項を記載した告訴状に適切な証拠を添付した上で、告訴をすることとなります。提出先は、犯罪被害地を管轄する警察署(多くの場合には会社・事業所の所在地を管轄する警察署)となります。
警察・検察の受理率を高めるポイント
このように刑事告訴を行うのですが、警察・検察の刑事告訴受理率を高めるためには、やはり弁護士の協力を得ることが不可欠といえるでしょう。弁護士は法律の専門家ですから、告訴状を法的に緻密に作成し、的確な証拠を添付することができます。刑事告訴を受理してもらうためには、ぜひ弁護士へのご相談・ご依頼をいとわずに行ってください。
損害回収の選択肢 ─ 民事訴訟・示談・給与天引きの可否
次に、損害を回収するための選択肢についても簡単にご説明します。
刑事手続と並行して損害賠償請求する方法
まずは刑事手続と平行して損害賠償請求することが挙げられます。
刑事手続が進むと、業務上横領に関する捜査が進むこととなります。横領行為をした本人からの事情聴取がなされるとともに、関係者からの聞き取りもなされます。このため、本人には相当程度の圧力がかかることとなります。
この間に、平行して示談交渉をすることができれば、横領した本人の譲歩を引き出すことをしやすくなります。このように、刑事手続と並行して損害賠償請求する場合には、任意の交渉をすることとなります。
また、相手方が逮捕された場合には、逮捕勾留中で相手方の居場所が分かっている間に示談交渉を進めるべきといえます。
少額の業務上横領での和解金
少額の業務上横領の場合でも、他の横領事件同様に、発生した損害額をベースに和解金(示談金)を定めていきます。それに加えて、企業が被った信頼失墜・調査に要した費用などの損害も考慮して交渉が行われることになります。
ちなみに、少額とはいえ、勝手に給与から和解金を天引きすることは、原則として労働基準法上許されていないので、注意が必要です。給与からの天引きができるかどうかは、必ず弁護士に確認して判断しましょう。
社内処分とリスクマネジメント ─ 懲戒解雇・就業規則の適用範囲
続けて、社内処分のリスクマネジメントについてもご紹介します。
懲戒解雇・退職勧奨を行う際の法的留意点
まず、懲戒解雇・退職勧奨を行う場合には、充分な証拠があるかどうか、本人に弁明の機会を与えるなど適正な手続を行ったかどうかなど、やはり弁護士の助言を受けながら対応を検討するべきです。
そもそも就業規則がないなど、懲戒解雇の前提を欠いているような企業も見受けられますから、ご注意ください。
労基署・労働審判に発展させないための手順
懲戒解雇や退職勧奨を行った際に、労基署への通報や労働審判に発展させないためには、就業規則に則り、証拠に基づいた判断をするようにしましょう。その上では、本人に与えた弁明の機会において、企業が保有する証拠を突き付け、本人の納得を得て懲戒解雇・退職勧奨をすることもお勧めです。
少額横領の判例
ちなみに、少額横領についても裁判例・判例が積み上げられています。
被害額10万円台でも有罪となった判例
被害額10万円台であっても、有罪判決が下された例もあります。
例えば、和歌山地裁令和3年1月12日判決では、被害額10万円台のギターを横領した事件で、複数回の横領を指摘した上で、被告人に懲役1年8月の実刑判決が下されています。
不起訴となったが企業が損害回収に成功した事例
また、不起訴となったが企業が損害回収に成功した事例もあります。
このような事例では、通常は企業が損害回収をすることで示談に応じ、これによって犯人が不起訴となっています。このため、裁判にまでなっていない事例として多くの事例が積み上がっています。
少額の業務上横領でも適切な対応が再発防止に繋がる
少額の業務上横領であっても、企業は決して軽視せず、毅然とした態度で適切な対応を取ることが重要です。これにより、不正行為の再発防止、従業員の規律維持、そして企業の信頼性向上に繋がります。初期段階での証拠保全、事実関係の明確化、そして法的な手続を適切に進めることが、最終的な問題解決の鍵となります。
少額の業務上横領一度弁護士へご相談ください
さて、以上のとおり、少額の業務上横領についてご案内しました。
当事務所では、横領被害に特化した対応を取っています。少額の横領でも放置することなく、ぜひ当事務所にご相談ください。