2025年10月28日
2025年10月29日
企業で従業員による横領が発生し、その従業員が返済を申し出てきた場合、その後の対応は慎重に行う必要があります。返済の申し出があったとしても、降格・減給など、解雇以外の処分を検討する・再発防止策を練るなど、多くの検討事項が残る状況に変わりはありませんから、早期・安易に示談することは避けるべきです。
また、仮に返済を受けるとしても、その受け方などに色々な法的問題が隠れていますから、安直な判断をしてはいけません。
この記事では、横領した従業員が返済を申し出たり、実際に返済をしたりした場合について、法的観点から、企業がとるべき対応について解説します。
1.横領した従業員から返済すると言われた場合
従業員が横領を認め、自主的な返済を申し出たとしても、企業としてはその場で安易に合意すべきではありません。まずは弁護士に相談し、その後の企業としての選択を検討しながら、適切な手続を踏んでいくことが重要です。
1-1.弁護士に相談する
そもそも横領事件は単なる金銭トラブルではなく、企業の信用やコンプライアンスに関わる重大な問題です。もちろん、横領行為自体は犯罪でもあります。従業員から返済の申し出があった時点で、すぐに弁護士に相談し、今後の対応方針についてアドバイスを求めるべきです。
例えば、横領被害の総額が確定できていないのに返済を受けたら、返済額を超える横領部分を問題視しなかったと捉えられかねません。また、そもそも横領した従業員には共犯者がいて、その人物をかばっているかもしれません。様々な方向から先を見据えた上で、返済の申出への対応を検討するべきなのです。
1-2.返済合意書を作成する
従業員から返済を受ける際には、必ず、返済合意書を作成するようにしましょう。合意書には、以下の内容を明確に記載する必要があります。
横領の事実:いつ、どこで、どのようにして、いくらの金額・どの物品を横領したのか記載して、返済合意書において、事実を認めさせて記録化すると良いです。また、共犯者がいるのであれば、それは誰かも記載させましょう。
返済金額:
横領した元本に加えて、利息や損害賠償金を含めるか明記します。
返済方法:
一括払いか分割払いか。返済期日や振込先などを明記しましょう。
示談の範囲:刑事告訴を見送るかどうかも記載しておくべきですが、特に被害総額が分からない時点においては、安易な約束は危険ですので避けましょう。
これらの内容を記載した上で合意書を結ぶことにより、返済内容を明確化するとともに、懲戒処分等の他の手続での証拠としても利用できるようにしておくのです。
1-3.必要に応じて公正証書化する
上記の返済合意書は、法的拘束力を持つものの、合意書記載の内容に違反があった場合には、別途民事訴訟が必要となります。
このような手続を避け、さらに強力な合意書にするためには、返済合意書を公証役場において公正証書化しておくことがお勧めです。強制執行受諾文言という特別な規定を置いた公正証書にしておくことで、万が一、従業員が返済を怠った場合でも、訴訟を経ずに強制執行することが可能になります。どのような文言であれば強制執行可能なのかは、弁護士にご相談いただいてご確認いただくべきといえます。
2.横領した従業員が返済した場合
次に、実際に横領した従業員が返済した場合の対応についてもご説明します。従業員が返済を完了したとしても、そこで対応を終えてはいけません。刑事告訴や社内処分など、社内・社外に厳正な対応をする会社であることを示すためには、検討すべき事項が残っています。
2-1.刑事告訴
そもそも従業員による横領行為は、業務上横領罪という犯罪行為です。返済がなされたからといって、その罪が消えるわけではありません。刑事告訴を行うかどうかは、企業が慎重に判断すべきポイントです。
従業員からの返済を受けたから刑事告訴をしないという判断をした場合、社内には、「横領しても返せば良い。」という考えが広まってしまいかねません。本当に驚く内容かもしれませんが、横領する従業員には、横領時点では、あとで返そうと考えながら横領しているという人が少なからずいます。このような横領の動機を後押ししないかどうか、慎重に検討するべきなのです。
2-2.処分の検討
横領した従業員が返済したとしても、懲戒処分は不可欠です。横領は、通常は、就業規則で定められた懲戒解雇事由に該当する重大な犯罪行為でしょう。企業としては、就業規則に則り、厳正な処分を検討すべきです。
ただし、返済が完了したことを考慮し、解雇以外の処分を選択するケースもあり得ます。その場合、懲戒解雇に次ぐ重い処分として、降格や減給、出勤停止などを検討することになります。いずれにせよ、不正行為を看過せず、組織の規律を維持することが重要です。この厳正な対応が、他の従業員への警告となり、再発防止にもつながります。
2-3.弁護士に今後の対応を相談する
従業員からの返済が完了した後も、刑事告訴の要否、懲戒処分の進め方、再発防止策など、企業が対応すべき事項は多岐にわたります。これらについても、引き続き弁護士と連携して進めていくことが重要でしょう。
実際に横領被害があった場合には、やはり再発防止策を構造的に構築していくべきです。この際には、多くの企業顧問を抱える弁護士など、企業の横領防止策に関する知見を有する弁護士にご相談いただくべきです。
3.返済後に企業がすべき対応
上記のとおり、横領事件は、その従業員個人の問題だけにとどまらず、企業のガバナンス体制に問題があった可能性をも示唆する事件です。再発防止のため、従業員の返済があったのちも、弁護士の助言を得ながら、以下の対応を速やかに実施すべきです。
3-1. 業務フローの見直し
まず、再発防止のため、横領行為が生じた業務について業務フローを見直す必要があります。横領行為が発生した業務は、不正など発生しないという信頼のもとで業務が行われていた場合がほとんどです。現金の取り扱いをできるだけなくす、複数人のチェックを行うといった不正が発生しにくい業務フローに変更することで、再発防止を図ることができます。
3-2.社内研修
次に、横領事件を教訓として、コンプライアンスやリスク管理に関する社内研修を実施することも検討しましょう。不正行為が従業員個人に、いかに深刻な結果を招くか、従業員個人個人に理解させることが重要です。また、横領事案発生後、なるべく早い時期に実施し、従業員の意識改革を狙うことをお勧めします。
特に、横領によって会社に与えた損害の賠償責任については、従業員個人が破産したとしても、免責されない可能性があることなど、個々の従業員が本来は知るべき事項が多くあります。
研修講師に弁護士を招くと、コンプライアンス研修の効果が飛躍的に向上します。ぜひ、顧問弁護士に研修講師を依頼するなど、密な連携を取りましょう。
3-3.内部統制体制の見直し・強化
これらの初期対応が終わったあとで、今回の事件がなぜ起きたのか、その原因・構造的問題を徹底的に分析し、会社全体として内部統制体制の見直しを行いながら、中長期のスパンでの横領再発防止策を練っていく必要もあります。
例えば、属人的な業務を洗い出して複数人によるチェック体制を導入することや、定期的な監査の実施などが挙げられます。横領の有無を個々の従業員の良心の在り方に任せてはいけません。必ず、構造的問題を解決していくという視点から、横領の再発防止を図りましょう。
3-4.就業規則・懲戒規程の整備
また、内部統制体制見直しと同時に、万が一の事態に備え、就業規則や懲戒規程自体を見直し、横領行為に対する厳しい罰則を明記しておくことも重要です。
会社によっては、就業規則がないままの会社もあるでしょう。この場合には、仮に横領被害に遭ったとしても、そもそも懲戒解雇処分を下せないこともあり得ますから、早急に社内規定の整備を図る必要があります。この際には、必ず、労働紛争を手掛ける弁護士に相談をするようにしましょう。
3-5.顧問弁護士との連携
横領被害や返済の取扱いなどについて弁護士に相談したことをきっかけに、顧問弁護士との契約を検討しましょう。顧問弁護士を付けることができれば、定期的な相談体制を構築することで、弁護士にあなたの会社の実情や、横領が起きやすい問題点などを深く理解してもらえますし、横領被害といった突発的な法的トラブルにも迅速かつ適切に対応できるようになります。
中長期的視点からも、顧問弁護士は非常に有用ですので、横領被害にあわれた場合には、積極的に顧問弁護士を活用しましょう。
4.まとめ
以上のとおり、横領した従業員が返済した場合に企業がすべき対応について解説しました。従業員による横領は、企業にとって金銭的な損害・とられた物品だけでなく、社内外の信用失墜にもつながる重大な危機です。横領した従業員が返済を申し出たとしても、安易に示談に応じず、直ちに弁護士に相談し、法的かつ適切な手続を踏むことが不可欠です。
また、ご説明しましたとおり、返済が完了した後も、刑事告訴の検討、厳正な懲戒処分の実施、そして内部統制の抜本的な見直しを図ることで、再発防止に努めなければなりません。今回の事件を単なる過去の出来事として片付けず、企業経営における教訓として活かすことが、将来の成長につながります。
当事務所では、企業の顧問業務・企業法務を多く扱う傍ら、横領被害に遭われた企業の相談・依頼も多く扱っております。横領被害に遭われた場合には、当該従業員と直接交渉したり、返済の申出に応じたりする前に、ぜひ、当事務所までご相談ください。あなたからのご相談を、お待ちしております。