2025年6月12日
2025年6月12日
会社員・役員による横領は、様々な業態・業種の企業・法人で起こってしまいます。会社員・役員に横領されたときには、当然企業内部での処分の有無・内容を検討することとなるでしょう。
この場合には、どのような処分をどのように課すべきか、悩ましい問題に直面することとなります。会社経営者としては、社内に処分をしたことを示して再発を防止する必要性も考えるでしょう。同様の横領者が出ないように、注意喚起することが重要です。
このような場合に適切な処分と対応はどのようなものか、以下、ご説明します。
懲戒処分
まずは社内での懲戒処分を検討するべきです。横領者に対して何らの処分もなされていないという事実は、それだけで、横領行為に厳しくない会社であるとのメッセージを従業員に示す事実となります。横領をした従業員が発見された場合には、厳然たる対応を取りましょう。
懲戒解雇
特に、最初に検討されるべきは懲戒解雇処分でしょう。懲戒解雇処分は、就業規則において①懲戒解雇事由が具体的に定められている場合で、②当該懲戒解雇事由が存在する場合に行うことができますが、更に労働法上、その懲戒解雇が客観的に合理的な理由に基づく社会通念上相当なものであること(つまり懲戒権の濫用ではないこと)が要求されます。
このため、懲戒解雇を下す場合には、とても慎重な検討を要します。一般的には、故意の犯罪行為で会社に損害を与えた場合には、懲戒解雇が有効とされる場合が多いです。しかしながら、そもそも従業員が「横領はしていない。」と主張した場合には、会社としても積極的に証拠を集めておかなければ、解雇が無効と判断されかねません。懲戒解雇を下す前には、ぜひ弁護士にご相談いただき、手元の証拠で充分かどうかを協議いただくことをお勧めいたします。
懲戒減給
次に検討されることが多いのは、懲戒減給処分ではないでしょうか。
懲戒減給処分も、①懲戒事由が具体的に定められている場合で、②当該懲戒事由が存在する場合に行うことができます。懲戒解雇処分同様に、懲戒減給処分を下すことが社会通念上相当なものであることも必要となります。あとから裁判所に、懲戒減給処分を下すのは重すぎるだろう、と認定されないように注意することが必要と言い換えることができます。
また、懲戒減給処分を下す場合には、減給処分1回当たりの減給額が平均賃金1日分の半額以下であり、かつ、1回の賃金支払期間(月給制であれば一か月)の減給処分の総額が、その賃金支払期間に支払われる賃金の10分の1以下であることも要求されます。この規制に違反してしまった場合も懲戒減給処分が無効となりますので、ご注意ください。
適切な懲戒処分とは?
それでは適切な懲戒処分はどのようなものとなるでしょうか?
横領行為をした従業員に対しては、懲戒解雇処分を下したくなるでしょうが、重要なのは、後から従業員に「懲戒解雇は無効である。」、「懲戒解雇の根拠・理由がない。」と主張されて紛争化するリスクがどの程度あるかです。このような紛争が発生した場合には、証拠の有無が極めて重要な問題となります。
例えば、以下の裁判例では、横領をした(と疑われる)従業員に対して懲戒処分を下したところ、当該従業員からその処分が根拠のないものであって無効であるとの反論がなされ、懲戒処分が無効とされてしまいました。
【東京地裁八王子支部平成15年6月9日判決・労働判例861号56頁】
「原告は……未報告の被害事故に関して加害者である相手方から金銭を受領した結果、被告が受入、保管について把握しえない金銭(以下「プール金」ということがある。)が発生したこと、加えて、府中営業所の事故担当助役に就任した当初から、事故準備金出納簿の締めの作業を行わないなど、杜撰な金銭管理を行っていたこと、……これらの金銭の使途についての説明や資料の提出が十分できなかったことが明らかである。」
「〔しかしながら、裁判に顕出した主張・証拠を踏まえると、〕原告が使途不明金について十分な説明ができないからといってただちに不法に領得したと決めつけることはできない。」
この裁判例のように、充分な証拠もないのに懲戒処分を下してしまうと、裁判において横領の事実が認められないこともあり得ます。もちろん、証拠が不十分である以上、本当に横領の犯人を取り違えている可能性すらあります。
どのような証拠をどの程度集めるべきか、ぜひ弁護士の意見を参考にするようにしてください。特に顧問弁護士がいれば、気軽に相談ができて良いでしょう。
懲戒処分の流れ
実際に懲戒処分を下す際には、懲戒処分を下す上で適正な手続を尽くすことも重要です。例えば、懲戒解雇処分を下すのであれば、以下のような手続は必須といえます。
- 事実に関する弁明の機会の付与
※懲戒解雇事由の有無について、懲戒対象者に直接弁明をする機会を与えなければなりません。 - 懲戒解雇通知書の作成
- 懲戒解雇の通知(文書交付)
このような手続を適切に行わなければ、懲戒処分が無効となるリスクが生じますので、注意が必要です。また、事実に関する弁明の機会を付与する場合には、会社側の人間が一人では「言った。言わない。」の問題が生じますし、他方で会社側の人間が多数いると「圧迫して事実を言わせた。」としてパワハラの問題が生じ得ます。懲戒解雇通知書を作成する際にも、懲戒事由を漏れなく列挙しなければ、のちに紛争化した際には追加で懲戒事由があったと主張することができなくなります。
このように、懲戒処分を下す場合には、手続面から見ても法律上の問題・リスクが多数ありますから、弁護士の助言を受けること・弁護士に対応を依頼することを強くお勧めします。
損害賠償請求
次に、当該従業員に対する損害賠償請求(横領被害の金銭的回復)を検討するべきです。横領をした従業員から被害品・被害金の返還を受けることは、被害者として当然の権利といえるでしょう。
しかしながら、横領をするような従業員は、横領によって得た利益を遊興費などに用いてしまいがちで、手元に金銭が残っていないことが多いです。このため、横領をした従業員に対して損害賠償請求をする際には、どこから被害回復のための金銭を回収するかという点に問題があります。以下、回収対象財産の代表例を挙げます。
給与と退職金
まず、給与と退職金を差し押さえることが考えられます。あなたの会社から本人に払う予定の給与と退職金を差し押さえることで、実質的に被害回復を図ることを狙うこととなります。
但し、自社から支払うものとはいえ、給与と退職金を勝手に支払わないと決めて従業員から取り上げてしまうと労働基準法等に反する違法行為になりますので、注意が必要です。必ず、裁判所を挟んだ適切な手続を用いなければなりません。
どのようにこれらの差押え手続を行うかについては、自社内のみで検討・決定することなく、ぜひ専門家である弁護士の助言を得てご判断ください。
再就職先での給与の差押え
とはいえ、場合によっては上記のとおりの懲戒解雇処分を下すときには、従業員に退職金が発生しないこともあります。この場合には、自社から支払う退職金を補償のあてにすることができません。
このような場合には、再就職先での給与の差押えも考えることとなります。業界・業種によっては、従業員が同種事業を扱う企業に再就職することもあります。このように従業員の再就職先が分かりやすい場合や、再就職先を特定することができる場合には、再就職先での給与を差し押さえることができます。
やはりどのように差押え手続を行うべきかは、弁護士の助力を得ながら決定していくべきといえるでしょう。
刑事告訴
最後に、刑事告訴等の刑事手続を求めるかどうかも検討すべき事項となります。刑事手続が進んだからといって、直接的に会社の被害が回復するわけではありませんが、捜査機関の力によって捜査が進む中で得られた証拠を、被害者の立場から損害賠償請求等の手続で利用することができることもありますので、必要に応じて刑事告訴も実施するべきです。
刑事告訴を実施する場合には、以下のような手続を取ります。
- 証拠の収集・整理
- 告訴状の作成
- 告訴状の提出
※管轄の警察署に直接提出しに行くこともあれば、事前調整の上で郵送することもあります。 - 告訴状受理 → 刑事手続のスタート(捜査のスタート)
ここで重要なのが、告訴状を捜査機関に受理してもらうこととなります。証拠が不十分であったり、本当に被害があったか不明瞭だったりすると、告訴手続が上手くいかないことが多いです。このため、どのような証拠があれば良いのか、どのような内容の告訴状であれば良いのかという点については、弁護士の協力を得ながら、緻密に検討していく必要があります。
刑事手続が進むと、そこで得られた捜査資料・証拠を被害者として利用することができる場合があります。
まとめ
さて、以上のとおり、会社員が横領したときの適切な処分と対応、特に懲戒解雇や損害賠償請求について解説してきました。懲戒解雇処分や損害賠償請求をする上では、いずれの手続にしても、証拠の有無・内容が重要です。ぜひ弁護士にご相談・ご依頼した上で、現時点で存在する証拠を精査して追加証拠が必要でしたらこれを収集するなど、積極的な弁護士の活用をご検討いただくべきでしょう。
当事務所では、元検察官の弁護士も在籍しておりますから、横領被害があった場合にどのような証拠が残されるのか、どのような証拠を押さえることができるのかという点について、深い知見を有しています。横領被害に遭われた際には、ぜひ当事務所にご相談をいただきたく考えております。横領被害のご相談に的確に回答・助言する弁護士が多数在籍していますので、あなたの会社からのご相談をお待ちしております。